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公開日: 2026-09-23 • 約18分で読めます (8,611文字)

ファイバー束の糊代を解剖する:遷移関数のコサイクル条件とゲージ変換則の幾何学的導出

中原『理論物理学のための幾何学とトポロジー』第9章におけるファイバー束の定義から、遷移関数の変換則式(9.9)の厳密な導出、コサイクル条件の幾何学的意味、そしてメビウスの帯からゲージ理論への接続を徹底的に解きほぐします。

導入と問題の所在: 何の教科書/論文のどの部分が問題なのか、どこが直観に反する・わかりづらいのかを提示

理論物理学、とりわけゲージ理論や一般相対性理論、弦理論を現代的な幾何学の言語で定式化する際、避けて通れない数学的基盤がファイバー束(fibre bundle)です。素粒子論において「ゲージ場とは何か?」と問われたとき、接続形式(connection form)であると即答できる大学院生であっても、その土台をなす局所自明化(local trivialization)と遷移関数(transition function)の厳密な定義に立ち返ると、途端に抽象的な記号の海に溺れてしまうことが少なくありません。

数理物理の金字塔的教科書である M. Nakahara 著『Geometry, Topology and Physics』(第9章「Fibre bundles」)では、ファイバー束 (E,π,M,F,G)(E, \pi, M, F, G) の定義に続いて、重なり合う開被覆 Ui∩UjU_i \cap U_j 上での遷移関数 tij(p)t_{ij}(p) が導入され、局所自明化の取り替え(ゲージ変換)に伴う変換則として次式が提示されます:

t~ij(p)=gi(p)−1∘tij(p)∘gj(p)\tilde{t}_{ij}(p) = g_i(p)^{-1} \circ t_{ij}(p) \circ g_j(p)

教科書では、この式(式9.9)について「式(9.7)と(9.8)から容易に示される(It is easily seen from (9.7) and (9.8) that…)」とわずか一行で片付けられ、さらに「tijt_{ij} は局所チャートを貼り合わせるゲージ変換であり、gig_i はチャート UiU_i 内部のゲージ自由度である」という極めて重要な物理的対応が天下りに語られます。

しかし、初学者がここで直面する疑問は深刻です:

  1. 局所自明化の写像 ϕi\phi_i とその点 pp での制限 ϕi,p\phi_{i,p}、そしてファイバー FF への作用の向き(左作用・右作用)の順序関係はどうなっているのか?
  2. なぜ逆元 gi−1g_i^{-1} が左側に現れ、gjg_j が右側に現れるのか?(写像の合成の順序を1つでも取り違えると左右が逆転する)
  3. コサイクル条件(consistency conditions) tijtjk=tikt_{ij} t_{jk} = t_{ik} は、単なる「貼り合わせの無矛盾性」以上のどのようなトポロジカルな意味(チェック・コホモロジー的描像)を持つのか?
  4. なぜメビウスの帯のような単純なトポロジカル空間が、素粒子物理における大域的アノマリーや非自明な主束のプロトタイプになり得るのか?

本稿では、Nakahara の第9.2節の論理展開を徹底的に分解し、写像の可換図式を行間なしで再現しながら、抽象的な数学的定義がいかにして場の量子論の「局所ゲージ対称性」へと昇華されるのかを解明します。

以前、当ブログで論じた 非アベルゲージ理論の幾何と代数:ワインバーグが拓くBRSTコホモロジーとBV形式の深淵 では代数的な視点からゲージ場を掘り下げましたが、今回はその真の幾何学的舞台裏に迫ります。


背景にある物理的前提・設定: 座標系、ゲージ、基底、物理的描像の前提を整理

まず、記号の定義と幾何学的・物理的設定を厳密に整理しておきましょう。

全空間を EE、底空間(時空多様体など)を MM、典型ファイバー(内部空間など)を FF、構造群(ゲージ群)をリー群 GG、射影を π:E→M\pi: E \to M とします。

  1. 局所自明化(Local Trivialization): 開被覆 {Ui}\{U_i\} に対し、全空間の開集合 π−1(Ui)\pi^{-1}(U_i) は直積空間 Ui×FU_i \times F と微分同相になります:
ϕi:Ui×F→π−1(Ui),π(ϕi(p,f))=p\phi_i : U_i \times F \to \pi^{-1}(U_i), \quad \pi(\phi_i(p, f)) = p

その逆写像は次のように各成分へ分解されます:

ϕi−1:π−1(Ui)→Ui×F,u↦ϕi−1(u)=(p,fi)\phi_i^{-1} : \pi^{-1}(U_i) \to U_i \times F, \quad u \mapsto \phi_i^{-1}(u) = (p, f_i)

ここで p=π(u)p = \pi(u) であり、fi∈Ff_i \in F は「パッチ UiU_i の視点から見たファイバー内の座標(値)」です。

  1. ファイバーごとの微分同相写像 ϕi,p\phi_{i,p}: 点 p∈Uip \in U_i を固定すると、ϕi\phi_i は典型ファイバー FF から pp 上のファイバー Fp≡π−1(p)F_p \equiv \pi^{-1}(p) への微分同相写像を誘導します:
ϕi,p:F→Fp,f↦ϕi,p(f)≡ϕi(p,f)\phi_{i,p} : F \to F_p, \quad f \mapsto \phi_{i,p}(f) \equiv \phi_i(p, f)

その逆写像は、全空間の元 u∈Fpu \in F_p から典型ファイバーの元 fi∈Ff_i \in F を取り出す写像です:

ϕi,p−1:Fp→F,u↦ϕi,p−1(u)=fi\phi_{i,p}^{-1} : F_p \to F, \quad u \mapsto \phi_{i,p}^{-1}(u) = f_i
  1. 構造群 GG の作用規約: 構造群 GG は典型ファイバー FF に左から作用(left action)するものとします:
g∈G,f∈F  ⟹  g⋅f∈Fg \in G, \quad f \in F \implies g \cdot f \in F

写像として書くならば、作用 Lg:F→FL_g : F \to F は Lg(f)=gfL_g(f) = g f であり、結合則より Lg1∘Lg2=Lg1g2L_{g_1} \circ L_{g_2} = L_{g_1 g_2} を満たします。

  1. 物理的描像との対応:
    • 底空間 MM: 時空多様体(4次元ミンコフスキー空間やリーマン多様体)
    • ファイバー FF: クォーク場が属する表現空間 CN\mathbb{C}^N や、ヤン=ミルズ場が作用する群空間そのもの
    • 全空間 EE: 時空の各点に内部自由度が乗った空間
    • 局所自明化 ϕi\phi_i: 時空の各開領域 UiU_i において「ゲージの基準(局所基底の向き)」を1つ選ぶこと(局所ゲージの選択)

核心の導出 & 概念のかみ砕き解説

1. 遷移関数 tij(p)t_{ij}(p) の厳密な合成構造

2つの開集合の交わり Ui∩Uj≠∅U_i \cap U_j \neq \emptyset 上の点 pp において、FpF_p 上の点 u∈π−1(p)u \in \pi^{-1}(p) を考えます。 この同一の点 uu に対し、チャート UiU_i と UjU_j はそれぞれ異なるファイバー座標 fi,fj∈Ff_i, f_j \in F を割り当てます:

ϕi−1(u)=(p,fi)  ⟹  fi=ϕi,p−1(u)\phi_i^{-1}(u) = (p, f_i) \implies f_i = \phi_{i,p}^{-1}(u) ϕj−1(u)=(p,fj)  ⟹  fj=ϕj,p−1(u)  ⟹  u=ϕj,p(fj)\phi_j^{-1}(u) = (p, f_j) \implies f_j = \phi_{j,p}^{-1}(u) \implies u = \phi_{j,p}(f_j)

uu を消去して fjf_j から fif_i への写像を構成すると、

fi=ϕi,p−1(ϕj,p(fj))=(ϕi,p−1∘ϕj,p)(fj)f_i = \phi_{i,p}^{-1}(\phi_{j,p}(f_j)) = (\phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p})(f_j)

ここで定義される写像 tij(p):F→Ft_{ij}(p): F \to F:

tij(p)≡ϕi,p−1∘ϕj,pt_{ij}(p) \equiv \phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p}

が遷移関数(transition function)です。

Figure 9.2: 重なり合う開集合 U_i \cap U_j 上でのファイバー F_p の元 u と、2つの局所自明化 \phi_i, \phi_j によるファイバー座標 f_i, f_j の対応関係。これらを結ぶ写像が遷移関数 f_i = t_{ij}(p) f_j となる(M. Nakahara, Figure 9.2 より引用)。 Figure 9.2: 重なり合う開集合 Ui∩UjU_i \cap U_j 上でのファイバーの元 uu と、2つの局所自明化 ϕi,ϕj\phi_i, \phi_j による座標 fi,fjf_i, f_j の対応関係。これらを結ぶ写像が遷移関数 fi=tij(p)fjf_i = t_{ij}(p) f_j となる(M. Nakahara より引用)。

公理系により、この写像は構造群 GG の左作用として実現されなければなりません。すなわち、ある GG の元(便宜上同じ記号 tij(p)∈Gt_{ij}(p) \in G で表す)が存在して、

(ϕi,p−1∘ϕj,p)(f)=tij(p)⋅f(\phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p})(f) = t_{ij}(p) \cdot f

が成り立ちます。これにより、教科書の式(9.4):

ϕj(p,f)=ϕi(p,tij(p)f)\phi_j(p, f) = \phi_i(p, t_{ij}(p) f)

が直ちに導かれます。なぜなら、ϕi\phi_i の定義域に作用させれば、

ϕi(p,tij(p)f)=ϕi,p(tij(p)f)=ϕi,p(ϕi,p−1∘ϕj,p(f))=ϕj,p(f)=ϕj(p,f)\phi_i(p, t_{ij}(p) f) = \phi_{i,p}(t_{ij}(p) f) = \phi_{i,p}(\phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p}(f)) = \phi_{j,p}(f) = \phi_j(p, f)

となるからです。

2. ゲージ変換則:式(9.9)の完全な行間埋め

さて、ここからが最大の難所です。 同じファイバー束に対して、別の局所自明化の族 {ϕ~i}\{\tilde{\phi}_i\} を選んだとします。これは物理的には「各パッチ UiU_i ごとにゲージを再固定した」ことに相当します。

新たな局所自明化による遷移関数は定義(9.7b)より、

t~ij(p)=ϕ~i,p−1∘ϕ~j,p\tilde{t}_{ij}(p) = \tilde{\phi}_{i,p}^{-1} \circ \tilde{\phi}_{j,p}

です。また、各パッチ UiU_i における自明化の間の「ズレ」を測る写像 gi(p):F→Fg_i(p): F \to F が式(9.8)で次のように定義されています:

gi(p)≡ϕi,p−1∘ϕ~i,p∈Gg_i(p) \equiv \phi_{i,p}^{-1} \circ \tilde{\phi}_{i,p} \in G

この gi(p)g_i(p) の定義から、ϕ~i,p\tilde{\phi}_{i,p} を ϕi,p\phi_{i,p} と gi(p)g_i(p) で表してみましょう。両辺の左から ϕi,p\phi_{i,p} を合成すると、

ϕi,p∘gi(p)=ϕi,p∘(ϕi,p−1∘ϕ~i,p)=idFp∘ϕ~i,p=ϕ~i,p\phi_{i,p} \circ g_i(p) = \phi_{i,p} \circ (\phi_{i,p}^{-1} \circ \tilde{\phi}_{i,p}) = \mathrm{id}_{F_p} \circ \tilde{\phi}_{i,p} = \tilde{\phi}_{i,p}

すなわち、

ϕ~i,p=ϕi,p∘gi(p)\tilde{\phi}_{i,p} = \phi_{i,p} \circ g_i(p)

が得られます。同様に、jj についても、

ϕ~j,p=ϕj,p∘gj(p)\tilde{\phi}_{j,p} = \phi_{j,p} \circ g_j(p)

が成り立ちます。

ここで ϕ~i,p\tilde{\phi}_{i,p} の逆写像を計算します。全単射な写像の合成の逆写像は順序が逆転するため、

ϕ~i,p−1=(ϕi,p∘gi(p))−1=gi(p)−1∘ϕi,p−1\tilde{\phi}_{i,p}^{-1} = (\phi_{i,p} \circ g_i(p))^{-1} = g_i(p)^{-1} \circ \phi_{i,p}^{-1}

となります。

これで準備が完全に整いました。新旧の遷移関数の関係 t~ij(p)\tilde{t}_{ij}(p) に代入します:

t~ij(p)=ϕ~i,p−1∘ϕ~j,p=(gi(p)−1∘ϕi,p−1)∘(ϕj,p∘gj(p))=gi(p)−1∘(ϕi,p−1∘ϕj,p)∘gj(p)\begin{aligned} \tilde{t}_{ij}(p) &= \tilde{\phi}_{i,p}^{-1} \circ \tilde{\phi}_{j,p} \\ &= \left( g_i(p)^{-1} \circ \phi_{i,p}^{-1} \right) \circ \left( \phi_{j,p} \circ g_j(p) \right) \\ &= g_i(p)^{-1} \circ \left( \phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p} \right) \circ g_j(p) \end{aligned}

括弧の中身はまさに旧遷移関数 tij(p)=ϕi,p−1∘ϕj,pt_{ij}(p) = \phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p} そのものです! したがって、

t~ij(p)=gi(p)−1∘tij(p)∘gj(p)\tilde{t}_{ij}(p) = g_i(p)^{-1} \circ t_{ij}(p) \circ g_j(p)

が一切の曖昧さなく導かれました。

【可換図式で見る自明化の取り替え】

      F  ---- g_j(p) ---->  F
      |                     |
   \tilde{\phi}_{j,p}    \phi_{j,p}
      |                     |
      v                     v
     F_p <================ F_p  (同一の幾何学的ファイバー)
      ^                     ^
      |                     |
   \tilde{\phi}_{i,p}    \phi_{i,p}
      |                     |
      F  <--- g_i(p) ------ F
      
  左側を通る経路:  \tilde{t}_{ij}(p) = \tilde{\phi}_{i,p}^{-1} \circ \tilde{\phi}_{j,p}
  右側を経由する経路: g_i(p)^{-1} \circ (\phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p}) \circ g_j(p)

この式が物理的に意味することは驚くほど明快です。 もし束が大域的に自明(trivial bundle, E≅M×FE \cong M \times F)であれば、全空間にわたって大域的な単一自明化 {ϕ~}\{\tilde{\phi}\} を取ることができ、そこではすべての遷移関数が恒等写像 t~ij(p)=idF\tilde{t}_{ij}(p) = \mathrm{id}_F となります。 その場合、式(9.9)において t~ij(p)=idF\tilde{t}_{ij}(p) = \mathrm{id}_F と置くことで、

idF=gi(p)−1∘tij(p)∘gj(p)  ⟹  tij(p)=gi(p)∘gj(p)−1\mathrm{id}_F = g_i(p)^{-1} \circ t_{ij}(p) \circ g_j(p) \implies t_{ij}(p) = g_i(p) \circ g_j(p)^{-1}

(あるいは gig_i の定義を逆元で取り直せば tij(p)=gi(p)−1gj(p)t_{ij}(p) = g_i(p)^{-1} g_j(p))という、教科書の式(9.10)の形が直ちに得られるのです。 言い換えれば、「遷移関数が gi−1gjg_i^{-1} g_j という純粋なゲージ境界(コバウンダリ)の形に書けること」と「束がトポロジカルに自明であること」は同値なのです。

3. コサイクル条件(Cocycle Condition)の物理・数学的深淵

Nakahara の式(9.6a)〜(9.6c)に挙げられている整合性条件:

tii(p)=idFt_{ii}(p) = \mathrm{id}_F tij(p)=tji(p)−1t_{ij}(p) = t_{ji}(p)^{-1} tij(p)⋅tjk(p)=tik(p)(p∈Ui∩Uj∩Uk)t_{ij}(p) \cdot t_{jk}(p) = t_{ik}(p) \quad (p \in U_i \cap U_j \cap U_k)

この第3式こそが、数学では1-コサイクル条件(Čech 1-cocycle condition)と呼ばれる極めて深遠な方程式です。

幾何学的な意味を解きほぐしましょう。3つの開集合が重なる領域 Ui∩Uj∩UkU_i \cap U_j \cap U_k において、ある点 u∈Fpu \in F_p のファイバー座標を UkU_k から出発して UjU_j を経由し、UiU_i へと変換して戻してくる操作を考えます:

fk→tjk(p)fj→tij(p)fif_k \xrightarrow{t_{jk}(p)} f_j \xrightarrow{t_{ij}(p)} f_i

この合成写像 tij(p)∘tjk(p)t_{ij}(p) \circ t_{jk}(p) は、直接 UkU_k から UiU_i へ変換する写像 tik(p)t_{ik}(p) と完全に一致しなければなりません。 もしこれが一致しなければ、「パッチをどういう順序で渡り歩いたか」によってファイバー内の同一の点が異なる点として認識されてしまい、多様体としての張り合わせが一意に定まりません(ハウスドルフ性すら破綻します)。

そして、先ほど導いた変換則 t~ij=gi−1tijgj\tilde{t}_{ij} = g_i^{-1} t_{ij} g_j は、代数学的にはチェック・コバウンダリ(Čech coboundary)による同値関係そのものです。 すなわち、ファイバー束のトポロジカルな分類空間は、コサイクル群をコバウンダリ群で割った商群、すなわち第1チェック・コホモロジー群:

Hˇ1(M,G‾)\check{H}^1(M, \underline{G})

によって分類されるという壮大な数理構造がここに凝縮されているのです。


で、なぜ著者はこのような説明・省略をしたのか?(物理的考察)

なぜ Nakahara は、このような豊かなコホモロジー的背景や詳細な写像の行間を省略し、淡々と「容易に示される」と記述したのでしょうか?

1. 理論物理学者にとっての「ゲージ理論への最短距離」

中原氏の主眼は、純粋数学の厳密な圏論的抽象論を展開することではなく、ヤン=ミルズ理論のゲージポテンシャル(接続 AμA_\mu)とゲージ変換が、微分幾何学のどの概念に対応しているかを読者に最短で掴ませることにあります。

物理学における局所ゲージ変換:

Aμ(j)(x)=Ωij(x)−1Aμ(i)(x)Ωij(x)+Ωij(x)−1∂μΩij(x)A_\mu^{(j)}(x) = \Omega_{ij}(x)^{-1} A_\mu^{(i)}(x) \Omega_{ij}(x) + \Omega_{ij}(x)^{-1} \partial_\mu \Omega_{ij}(x)

という見慣れた式は、幾何学的には「パッチ UiU_i と UjU_j の糊代における接続形式の貼り合わせ条件」に他なりません。ここで現れる Ωij(x)\Omega_{ij}(x) こそが遷移関数 tij(p)t_{ij}(p) であり、パッチ内部でのゲージ固定の任意性が gi(p)g_i(p) です。 物理学科の大学院生に対して、写像の合成記号 ∘\circ を過剰に連発して幾何学的証明を長引かせるよりも、「tijt_{ij} はパッチ間の糊代(ゲージ変換)、gig_i はパッチ内のゲージの自由度」という物理的直観を早期に確立させることを優先したと考えられます。

2. メビウスの帯(例9.1)が持つ決定的な教育的役割

Nakahara は定義の直後(例9.1)で、直積シリンダー S1×[−1,1]S^1 \times [-1, 1] とメビウスの帯を対比させています。構造群がたった2つの元からなる離散群 Z2={e,g}\mathbb{Z}_2 = \{e, g\}(g:t↦−tg: t \mapsto -t)であるにもかかわらず、

  • 重なり AA と BB の両方で t12=idt_{12} = \mathrm{id} を選ぶと「シリンダー(自明束)」
  • 重なり BB で t12=gt_{12} = g(反転)を選ぶと「メビウスの帯(非自明束)」 が立ち現れます。

Figure 9.3: 底空間 S^1 を覆う2つの開被覆 U_1 と U_2。局所的にはそれぞれ自明な直積空間となるが、U_1 \cap U_2 の2箇所の重なり部分(A と B)での糊代が全体の幾何を決定する(M. Nakahara, Figure 9.3 より引用)。 Figure 9.3: 底空間 S1S^1 を覆う2つの開被覆 U1,U2U_1, U_2。局所的にはそれぞれ自明な直積空間となるが、U1∩U2U_1 \cap U_2 の重なり部分(AA と BB)での糊代が全体の幾何を決定する(M. Nakahara より引用)。

Figure 9.4: S^1 上の2つのファイバー束。(a) は遷移関数をともに恒等写像としたシリンダー(自明束 S^1 \times I)、(b) は重なり領域 B で反転写像 g: t \mapsto -t を選んで貼り合わせたメビウスの帯(非自明束)(M. Nakahara, Figure 9.4 より引用)。 Figure 9.4: S1S^1 上の2つのファイバー束。(a) は遷移関数をともに恒等写像としたシリンダー(自明束 S1×IS^1 \times I)、(b) は重なり領域 BB で反転写像 g:t↦−tg: t \mapsto -t を選んで貼り合わせたメビウスの帯(非自明束)(M. Nakahara より引用)。

著者がわざわざ「Z2\mathbb{Z}_2 はリー群ではないが、離散群を構造群とする唯一の例外として紹介する」と断ってまでこの例を出したのは、「局所的には完全に平坦(自明な直積 Ui×FU_i \times F)であるにもかかわらず、遷移関数 tijt_{ij} のトポロジカルな捻れ(twist)だけで大域的に全く異なる空間が生まれる」というファイバー束の真髄を、最も直観的な2次元の図(図9.4)で脳裏に焼き付けるためです。

これは物理的には、ディラックの磁気単極子(モノポール)の周りの電磁場が、北半球パッチ UNU_N と南半球パッチ USU_S の赤道上での遷移関数 tNS(ϕ)=eiqgϕt_{NS}(\phi) = e^{i q g \phi} の巻き付き数(U(1)U(1) のホモトピー群 π1(U(1))≅Z\pi_1(U(1)) \cong \mathbb{Z})によって量子化される現象の、最も簡素化されたトイ・モデルになっているのです。


まとめ & 関連する問い

本稿で解き明かした数学的・物理的要点を整理します:

  1. 遷移関数の本質: 遷移関数 tij(p)=ϕi,p−1∘ϕj,pt_{ij}(p) = \phi_{i,p}^{-1} \circ \phi_{j,p} は、異なるパッチで同一のファイバーの点を同定するための「糊代の指示書」である。
  2. ゲージ変換則の導出: 各パッチでの自明化の再選択 ϕ~i,p=ϕi,p∘gi(p)\tilde{\phi}_{i,p} = \phi_{i,p} \circ g_i(p) から、逆写像の合成則を経て、共役変換則 t~ij(p)=gi(p)−1∘tij(p)∘gj(p)\tilde{t}_{ij}(p) = g_i(p)^{-1} \circ t_{ij}(p) \circ g_j(p) が厳密に導かれる。
  3. 自明性とコサイクル: コサイクル条件 tijtjk=tikt_{ij} t_{jk} = t_{ik} は空間を矛盾なく貼り合わせる推移律を保証し、遷移関数が純粋なコバウンダリ gi−1gjg_i^{-1} g_j に帰着できることと束の大域的自明性が同値である。

さらなる思索のための問い

  • 問い: ファイバー FF をベクトル空間(例: Ck\mathbb{C}^k)とした「ベクトル束」と、ファイバー FF 自体を構造群 GG と同一視した「主束(principal bundle)」では、切断(section)の存在条件にどのような本質的差異が生じるでしょうか? なぜ主束が大域的切断を持つことと、その主束が自明束であることは同値になるのでしょうか?

AdS/CFT対応や超重力理論の文脈において、時空のコンパクト化(例: S5S^5 や Calabi-Yau 多様体上のファイバー構造)を解析する上でも、この「局所自明性と大域的トポロジーのギャップ」を正確に把握することは極めて強力な武器となります。ぜひ、定義の1つ1つに潜む幾何学的描像を味わい尽くしてください。


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📝 物理ノート作成メモ

  • 本記事は教科書・論文の行間(非自明な途中計算や物理的仮定)を補完するために Gemini マルチモーダル解析によって生成・整理された導出解説です。
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Ryohei Yaginuma

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