はじめに ― 生成される「自分らしさ」という重ね合わせ
生成AIは、もっともらしい自分をいくらでも生成する。立派なエンジニアの顔、研究者の顔、投資家の顔。どれも嘘ではないし、どれも本当ではない。量子力学の言葉を借りれば、それは重ね合わせの状態にある。観測されるまでは、複数の未来が同時に存在している。
では、実際に観測してみたらどうなるのか。LLMに量子回路の生成と解説を担わせる小さな実験を作り、1024回ずつ測定してみた。本稿はその実験記録と、太宰治『人間失格』を重ねた小さな論考である。
実験 ― LLMが回路を書き、シミュレータが観測する
依存ライブラリは numpy のみ。状態ベクトルシミュレータで3つの回路を実行した。回路の提案と結果の解説はLLMが担い(本稿の v0.1 では生成済みの回路定義を内蔵)、実測値は理論値と照合して検証している。
| 回路 | 測定結果(1024ショット) | 意味 |
|---|---|---|
| 量子コイン | 0: 511回 / 1: 513回 | 重ね合わせ。観測まで結果は決まっていない |
| ベル状態 | 00: 502回 / 11: 522回(01・10は0回) | 量子もつれ。片方が決まれば、もう片方も決まる |
| GHZ状態 | 000: 511回 / 111: 513回(それ以外は0回) | 完全な相関。一つの選択が全体を決める |
すべて理論通りの結果だった。特にベル状態で 01 と 10 が一度も現れなかったこと。これが、離れたもの同士が結びつく量子もつれの姿である。重ね合わせは観測の瞬間に一つの現実へ収束する。その当たり前を、数字で目の当たりにすることに実験の意味があった。
なお次段階(v0.2)では、回路生成を Amazon Bedrock の Claude 呼び出しに差し替え、その場でLLMが回路を書く実機版に進む予定である。
『人間失格』と重ねて ― 葉蔵はなぜ選べなかったのか
大庭葉蔵は、人間を演じ続けた男だった。本当の自分は誰にも見せられない。だから道化を演じ、観測される自分だけを器用に作り替える。『人間失格』が今も刺さるのは、それが昭和の私小説ではなく、SNSと生成AIの時代の予言のように読めるからだと思う。
生成AIが生成する自分らしさは、重ね合わせのままではただの可能性に過ぎない。葉蔵が壊れていったのは、演じる自分と観測されない自分のあいだで、どちらか一方を選ぶことができなかったからではないか。逆に言えば、選ぶという行為そのものが観測なのだ。公開する、応募する、作ったものを世に出す。その瞬間、重ね合わせは一つの現実に収束する。格好悪くても、それが生きるということなのだろう。
まとめ ― 完成度3割で世に出す理由
だから、完成を待つのをやめることにした。完成度三割の実験を、こうして外に出す。それは観測であり、宣言でもある。
観測されるまで、僕は両方だった。でも今日から、片方で生きていく。
量子×LLMミニ実験室 v0.1 / 実験コード: quantum_llm_lab.py(numpy のみで実行可能)/ 実測データはシミュレータによる1024ショット測定結果